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ひろせのオススメ書物
ひろせのオススメ書物 (最終更新日:2006.09.22)

ごあいさつ

 長らく更新できていませんでした、このコーナー……ほとんど常時なにやかや本は読んでいるんですが、(これはおススメ!)と思っても推薦文を書く時間が見つけられずにいるうちに、書くこと自体を忘れてしまう……なんてことが何度もありまして、今日まで来てしまいました。
  そこで今後は欲張らずに、書名に短いコメントをつける程度に留めることで、ご紹介する本の数を増やす方向へ行きたいと思います。読む速さからして、月に1冊ぐらいのペースになると思いますので、たまに覗いてみるといったおつき合いでヨロシク。



書名 『カイエ・ソバージュ』(全5巻)
著者 中沢新一
発行 講談社選書メチエ

 中央大での講義録を基にしたシリーズT〜X(各タイトルは『人類最古の哲学』『熊から王へ』『愛と経済のロゴス』『神の発明』『対称性人類学』)の全5巻を、かれこれ半年かかって読み上げました。たいへん面白かったです! 
  中沢新一先生は、私より4つ年上の宗教学者&思想家で、中央大学の教授をお務め。諸般の事情が許せば、師事させていただきたいお方でございます。来年の市議選でツコケたら、聴講生になりに行こうかしら。
  私が感覚として持っていた『神』や『精霊』が存在する世界観を、理論的に解き明かし、かつ「そういう感覚こそが、人類の救いの道と思いますよ」と力強く背中を押してくれた本です。
  哲学用語の基礎知識がない私には、一部難解なところがありましたので、時間を見つけて読み返そうと思っています。
(2006年9月22日)



書名 『憲法九条を世界遺産に』
著者 太田光・中沢新一
発行 集英社新書

 『憲法九条』と中沢先生のお名前に惹かれて手にした本で、太田光(=お笑いコンビ『爆笑問題』のかたわれ)氏との対談本。でも、まじめで説得力ある護憲論が展開されています。たぶん安倍(新)総理には理解できないでしょうけれど。
  中沢先生の発言は『カイエ・ソバージュ』で説かれた思想が下敷きになっていますので、よくわからないな、とお思いになったら『カイエ・ソバージュ』(全5巻)に挑戦いただくか、または単行本『精霊の王』(講談社)を読んでみてください。
(2006年9月22日)



書名 『宗教激突』  
著者 ひろさちや  
発行 ビジネス社 2001年12月 1400円

  副題に「仏教者が明かすイスラム教とキリスト教の真実」、帯コピーに『緊急出版!! タリバン後、大国の思惑で混乱必至!」と掲げられた本書は、2001年9月11日のアメリカ中枢テロ事件の直後に出版されました。
  わたしはこれを(イスラム原理主義って、正確にはどういうものなんだろう)ということが知りたくて手に取ったんですが、本の冒頭、著者はこう言います。
  「いま、日本においては、多くの人が ―原理主義― といった言葉を誤解しています。」
  そして、イスラム教のみならず、キリスト教やユダヤ教、そして仏教という四大世界宗教それぞれの歴史や教義をわかりやすく解説しつつ、世界の現状は『原理主義vsご都合主義』の激突であるという氏の見解を述べられています。

 9.11テロについての見解が語られている『第1章 戦争か、犯罪か』を含めて、全篇(なるほど、なるほど)と思いながら読みました。直近のアラブ現代史と、私たちが置かれている現在を読み解く参考になる本としておススメします。
(2006年01月31日)



書名『古代の鉄と神々』
著者 真弓常忠
発行 学生社 1997年改訂初版

 たつみや章の新作のために、日本の鉄器時代の始まりを知ろうとして出会った本ですが、示唆に富んだ内容がたいへん面白かったので、歴史好きの皆さんのためにご紹介します。

 人間が手にした利器の歴史というのは、石器→青銅器→鉄器 という流れだったというのが常識で、日本の歴史に当てはめますと、縄文時代は石器文化、弥生時代に大陸から青銅器文化がもたらされ、鉄器の使用が始まったのは古墳時代、といったあたりが定説でしょう。
  その根拠の一つは、砂鉄から鉄器を製造するには、タタラ技術を使った高温による熱処理が必要であり、土器の焼成技術から見て、弥生時代の技術では鉄器は作れなかった……というものですが、真弓氏の説は、これを覆します。
  すなわち、『砂鉄を原料としない』鉄器の生産が、弥生時代にはすでに始まっていたという説です。

 真弓氏が注目したのは、土壌に鉄分が多い地域の水辺で自然生成する『褐鉄鉱』の塊で、これは砂鉄のような高温での溶解を必要とせず、鍛造するだけで鉄器に加工できたというのです。
  むろん砂鉄から作られる磁鉄鉱よりも軟弱な『鉄』だったわけですが、農器具や木材加工の利器としての値打ちは充分で、稲作文化発展の大きな支えになった……と真弓氏は推測しています。

 この説の弱点は、自然生成する褐鉄鉱の存在は証明できるものの、それを製品化した遺物が出土していないこと。
  日本の酸性土壌は鉄器を腐らせやすいので、残っていないだけだという主張には賛成しますが、いかんせん物証がないというのは学説としては致命的です。

 しかし小説家には(ましてファンタジー作家には)そうした立証は必要ありませんので、いずれ日本古代の旧鉄器文化として、ネタに使わせていただこうと思っています。
  阿蘇山周辺で、この褐鉄鉱の塊が見つかっていれば、阿蘇氏の経済力の背景として、たいへん面白いことになるのですが。
  もと考古学徒の血が騒ぐ一冊でありました。
(2005年5月10日)


書名『この一冊で「中国の歴史」がわかる!』
著者 山口修
発行 三笠書房 知的生きかた文庫 1996年5月初版 495円(税別)

 「文明の誕生から天安門事件まで―――波瀾の四千年が手に取るようにわかる!」というカバーコメントに嘘はありませんでした。
  幾多の王朝が興きては滅び、近現代史もたいそう波乱万丈でややこしい中国の歴史が、厚さ1センチほどの文庫本の中に、本当にわかりやすく解説してあります。
  わたしがこの本を手に取ったのは、中国史は長年の弱点だったからです。広大な国土と四千年の興亡史をもつ彼国のことを、高校時代の世界史の授業は、充分には呑み込ませてくれませんでした。お隣の国のことなのに、特に重要な近代・現代の歩みがぜんぜんわかっていませんでした。
  この本を皆さんにおススメするのは、わたしのように『中国をよく知らない』方が、けっこういらっしゃるのではないかと思うからです。
  そして、ことに中国の近現代史を知らないことには、いま中国で起きている暴動や反日運動、また台湾問題などの意味はわからない、と感じたからです。
  1949年に中華人民共和国が成立するまでの道程で、共産党と国民党との激しい内戦を経験し、その後も、40万人の死者と一億人の被害者を出したといわれる文化大革命などを経ていまに至る中国の現代史は、敗戦後の60年間を平和に過ごしてきた日本とは大きく違っています。当然、それらによって立つ人々の意識や考え方にも、大きな隔たりがあることを認識していないと、ちゃんとしたおつき合いはできないでしょう。
  中国についての基礎知識を得られる本として、ご一読をおススメします。

 ところで、朝鮮半島の歴史についての、こうしたコンパクトな概略本を、どなたかご存じないでしょうか? 断片的な知識となってしまっている現代史の整理も含めて、この際きちんと勉強しておきたいのですが。お心当たりがある方はぜひ教えてください。

 

全文ごぞんじですか? お時間のあるときに読んでください。

教育基本法

1947年(昭和22年)3月31日施行

前文

 われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。

 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。

 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。

 

第一条(教育の目的)  

 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

第二条(教育の方針)  

 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

第三条(教育の機会均等) 

 すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。

 A国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によつて修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。

第四条(義務教育)   

国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。

 A国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。

第五条(男女共学)  

 男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、認められなければならない。

第六条(学校教育)  

 法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。

 A法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。

第七条(社会教育)  

家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない。

 A国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によつて教育の目的の実現に努めなければならない。

第八条(政治教育)   

 良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。

 A法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。

第九条(宗教教育)  

 宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。

 A国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。

第十条(教育行政)  

 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。

 A教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

第十一条(補則)   

 この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない。

附則

 この法律は、公布の日から、これを施行する。

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