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自治基本条例ニュース
熊本市自治基本条例案に対する議会特別委員会からの修正素案に係るコメント

熊本大学大学院法曹養成研究科
(法科大学院)           
教授 林 勝 美(地方自治法専攻)

熊本市自治基本条例について

【 副 題 】
熊本市自治基本条例案に対する議会
特別委員会からの修正素案に係るコメント
(H19.1.11発表・特別委員会の修正素案に対して)

はじめに

 熊本市自治基本条例原案作成の課程で、アドバイザーとして関与しました関係もありますことから、平成19年1月11日特別委員会発表の修正素案に対して、若干のコメントをさせていただきます。

第1 総括的講評

1 市議会特別委員会である「地方自治の推進に関する調査特別委員会」(以下「特別委員会」という。)は、本年1月11日、熊本市長提案の熊本市自治基本条例案に対する修正素案を発表しました。
  この修正素案を一読して感じることは、原案である「熊本市自治基本条例」の中心的柱である「参画」、「協働」の文言の削除、さらには市民、市議会、行政の3者が協働して市政を進めるとする自治の基本理念をうたった条項の削除、市民参加の具体的システムである「自治推進委員会」の設置の削除、次の世代を担う青少年・子どものまちづくりへの参画や男女共同参画を盛り込んだ「参画と協働によるまちづくり」の条項等、修正案ではすべて削除されています。

 このように、市長提案の原案が大きく後退したものとなっております。

 仮に、このような、修正素案が、市議会本会議で可決されるということになれば、既に政令指定都市となっている、静岡市自治基本条例(平成17年4月1日施行)が市民の権利、市政運営の基本原則として盛り込んでいる「市民のまちづくりの参画権、その結果の享受権」(条例第8条第1項)、「市民の市政への参画権」(条例第10条)、「市民と協働して行う市政運営」(条例第11条)という基本原則を、これから、政令指定都市を目指す熊本市自治基本条例(修正素案)が、これを否定する形となってしまいます。

 また、静岡市自治基本条例が、市民参画の具体的システムとして、市長の附属機関である「市民自治推進審議会」(条例第27条)を設置しているのですが、これも、熊本市自治基本条例(修正素案)は、否定する形となってしまいます。

 特別委員会が削除した、「参画」、「協働」の文言が、自治基本条例に明確に条文化されている事実は、東京大学の森田朗教授及び同大学斉藤誠教授が会長・副会長として市民、行政とともにとりまとめた東京都文京区自治基本条例である、「『文の京』自治基本条例」(平成17年4月1日施行)に、「協働・協治の理念」(条例第3条)、「区民の協働・協治の社会実現に参画する権利」(条例第8条)、「地域活動団体・非営利活動団体の地域社会の一員として協働・協治の社会実現に参画する権利」(条例第10条、第12条)の規定を見るまでもなく、多くの自治体の自治基本条例に定められております。

 辻山幸宣教授(中央大学教授・当時)の助言のもとに町議会議員が一丸となって町民・行政と協力のもとで議員提案条例としては、全国初の「新潟県吉川町まちづくり基本条例」(平成15年10月1日施行)の条文の中にも、「協働の原則」(条例第9条)「住民のまちづくりへの参画の権利」(条例第10条)、「男女共同参画の原則」(条例第6条)、「青少年及び子どものまちづくりへの参画の原則」(条例第7条)が明確に定められております。 

2 後発の熊本市自治基本条例であるからこそ、先行自治体の条例よりも、より良いものにしていかなければならないはずであるにもかかわらず、修正素案の内容を見ると「参画」、「協働」の文言の削除を始めとして、肝心の「自治の基本理念」の条項を全文削除する等、原案から大きく後退した内容となっています。

3 このような修正素案となったそもそもの原因は、特別委員会が削除した、「参画」、「協働」の考え方が、憲法及び地方自治法から明確に導き出されてくるものであるという、見解をとらなかったことによるものではないかと考えます。

 修正素案のように、市民の参画・協働の規定の文言を削除すると言うことは、憲法及び地方自治法の解釈について、原案と異なる見解をとったことに起因するのではないかと推察されます。
  それは、「『協働』という用語は、不適性な行政運営に利用されるおそれがあるため、条例の文言から排除した。」といみじくも特別委員会が発表した修正素案に記載されている事実が、これを物語っておりまし、さらには、「市民が『協働』の名の下に市の仕事を下請け的に強制されることがないように配慮した」との修正素案の中にも見受けられます。

 したがって、修正素案の内容は今一度再検討していただき、市民の参画・協働の規定を是非盛り込んでいただきますよう、重ねてお願い申し上げる次第です。

第2 憲法及び地方自治法から見た市民の「参画」・「協働」の考え方

1 特別委員会の議員の方の中には、「議会制民主主義が前提ではないのか」との声があるやに聞いております。
  この考えは、市民から直接に選挙で選出されてきた議員がまずありきで、住民は議員をとおして、その声を市政及び議会に反映させることが議会制民主主義の基本ではないのか、という考え方かと推察します。
  このような考え方からは、市民の「参画」・「協働」ということにはおそらく、つながってこないでしょう。

  仮に、市議会議員のうちの一部の議員であっても、このような認識を有しているのであれば、やはり、憲法学上、現在の憲法上の地方議会の位置づけについて、正しく理解をしていただく必要があるのではないでしょうか。

 このことを理解すれば、市民の「参画」・「協働」の位置づけが、自治基本条例にとって必要不可欠な条文であることに気がつかれることでしょう。

2 ところで、憲法は、第93条に「議事機関として議会を設置する」と規定して、代表民主制を原則的には採用しています。
  しかしながら、近時の憲法学説は、住民投票の事例を契機にして、憲法論としても、直接民主制や住民自治(憲法92条)を重視する考えが有力に主張されてきております(『注解法律学全集4 憲法W』([93条解説・中村睦男執筆担当]・青林書院・2004年)262頁以下参照。)。

 すなわち、

第一
憲法8章が住民自治を核とする地方自治を保障していること。
(平成8年12月6日付衆議院予算委員会における大森(内閣法制局長官)政府委員がした政府答弁がこのことを明確にしています。議事録参照。)

第二
憲法95条は地方自治特別法の制定について、その地方公共団体の議会ではなく、住民投票による意思決定を求めているのは、憲法は地方公共団体の意思決定が必ず議会によって表明されにければならないとはしていないこと。

第三
国の立法については、憲法41条で国会が「唯一の立法機関」とされて、立法を独占しているが、地方自治においては、議会は、単に「議事機関」とされていること。

第四
地方自治法第94条と同法第95条は町村の場合について、「議会を置かず、選挙権を有する者の総会を設けることができる。」(自治法第94条)と規定され、選挙人全員による町村総会という直接民主制の機関を置くことができることとしているが、学説でこれを違憲とする見解が存在していないこと。
(過去、現にこの町村総会で運営されていた自治体があります。)

 このように、憲法及び地方自治法の規定の仕方から判断して、代表民主制はなるほど採用していることは間違いないと言えます。
  しかしながら、特に上記の第四の町村総会のように、「議会を置かず、選挙権を有する者の総会を設けることができる」(地方自治法94条)との規定を重視すれば、憲法上も、地方自治法上もいずれにしても住民自治を基本に置いていると理解すべきなのです。
  このように、国会と地方自治体の議会とはその仕組みが基本的に違うということを、理解すべきかと思います。

 換言すれば、地方自治においては、住民が主人公であるということが、憲法及び地方自治法の体系の中に組み込まれているということが理解できるはずです。

 このような、憲法及び地方自治法の基本的な理念、仕組みを正しく理解すれば、市民の位置づけは、単なる市政への参加ではなく「市政への参画」でなければならないものと気がつかれるでしょう。
  また、自治体の運営は、市民、市議会、行政が「協働」して進めることこそが、 地方分権下のこれからの自治体運営にとって必要不可欠であることが理解できるかと思います。

 以上のことから、「市民の参画・協働」の条文は、先行する他の自治体の「自治基本条例」の実例を見るまでもなく、必要不可欠の規定として、「熊本市自治基本条例」に盛り込まなければならないものであります。同じく、自治の基本理念の条項を削除するなどということは許されないものと考えます。

 特に、夕張市の自治体破綻やまた、昨今の議会のチェック機能の低下等を見るにつけ、住民の参画・協働による自治体運営が今ほど、必要不可欠のものとして位置づけられなければなりません。 
  何度も申し上げますが、このような重要な文言、条項を跡形もなく削除するといことは、全く理解に苦しみます。

3 次に、同じく、市民参画の観点から、原案に規定されております、市長の諮問機関である「自治推進委員会」の設置も、必要不可欠のものでありますから、修正素案によって、削除されるべきものではありません。なぜ削除したのか、明確な説明を求めたいと思います。

第3 個別的規定について

1 前文に、本件自治基本条例が、「最高規範」であることの明確な、位置づけ及びこの旨の具体的文言が記載されていないことは、いかがなものかと思います。
  自治基本条例の位置づけそのものを不明確にしますので、前文に最高規範性を有する条例である旨、明確に記載する必要があろうかと思います。

2 既に挙げました、「吉川町まちづくり基本条例」にも規定されています、「男女共同参画の原則」(吉川町条例第6条)、「青少年及び子どものまちづくりへの参画の原則」(同町条例第7条)は、熊本市自治基本条例の原案にも、21世紀へ向けた、男女共同参画社会基本法の基本理念及び将来の少子高齢化社会への対策の明確なメッセージとして、規定しておりました。
  ところが、この度の修正素案において、全て削除されていることは、理解に苦しみます。
  どのような理由で、この原案の条文を削除したのか、明確に説明していただきたいと思います。

3 修正素案の第5条は、これを条文化すれば、国会の場合と異なり、地方議会において、また、その他の場所においての発言も、刑法230条1項(名誉棄損)及び民法709条(不法行為・名誉棄損)が適用されることは、明らかであります。
それにもかかわらず、「何人も討議又は対話の場において発言した内容について、責任を問われません。」(修正素案第5条)との表現は、どのような根拠によるものであるのか、理解に苦しみます。

4 その他、いろいろ申し上げたい箇所もありますが、時間もありませんので、他日にゆずります。

第4 今後の方策

1 地方公共団体が、自治体として国と「対等・協力関係」の中で、行政を執行していく場合、自治体全体を構成する議会、長、住民の三者がその役割について、協調・協力して自治体運営を図って行かなければ、この厳しい時代、今後生き残ることすら覚束ない状況にあることを、理解すべきでしょう。

 江藤俊昭教授は、「自治基本条例を地方政府の憲法として位置づけるとすれば、当然議会の規定を含む必要がある。」(江藤俊昭「地方分権における地方議会の課題 協働型議会の構想」・都市問題95巻6号17頁)と、明確に主張し、議会、長、住民の三者の協働が、今後の地方分権化の進展の下、必要不可欠であることを指摘している事実を、理解すべきでしょう。

2 特別委員会は、修正素案を発表した以上、市民に対して特別委員会に所属している市議会議員を中心に、「修正素案」を十分に分かりやすく、争点・論点が明確に見えるように説明会を何回も、開くべきでしょう。

3 特別委員会で、長い間どのような審議をしてきたのか、その審議内容も、市民に明らかにすべきでしょう。特別委員会には、市民に対する説明責任があります。

4 自治体の憲法ともいうべき「自治基本条例」を拙速な議論で、議決成立させてはなりません。
  十分に納得するだけの時間をかけて、その議論の経過が市民に見えるようにしていかなければ、なりません。
  なぜなら、仏(自治基本条例)を作ったら、そこに魂を市民、議会、行政が協働で入れつづける必要があるからです。自治の主人公である市民は、納得した議論を期待しております。

以上

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