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ひろせ日記
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[2008/03/27]

留守します

 明日から3泊4日で上京します。父の年忌法要がメインの用事ですが、35年ぶりに『師匠』にお会いしにいく予定や、末娘のところの「キャットフードを手ですくって食べる猫」を見に行くオプションもつけたので、いつもより長い旅行です。

 そもそもは、実家の寺が栃木県黒磯市にあって、午前中の法事には前泊を入れないと無理・・・というところから始まったオプション導入なんですが、いつもとんぼ返りばっかりなので、たまにはいいかな、と。

 明日、お訪ねする篠田健三さんは、逗子市でさまざまな市民運動を繰り広げられた、私の社会参加方面の師匠と呼ぶべき方で、たつみやのデビュー作『ぼくの・稲荷山戦記』の事件のモデルになった「持田遺跡」保存運動のリーダーでした。
 出会いは高校2年・・・いや、まだ1年だったかな? 守る会のみそっかすメンバーとして、篠田さんの家に通って、チラシのがり切りや手刷り印刷のお手伝い、駅前での署名集めなんかをやりました。

 たぶん1年か1年半か、それくらいのおつき合いで、大学進学以降は夜間部の通学と学費稼ぎのアルバイトで手いっぱい、卒業後すぐ熊本に嫁入り、だったので、篠田さんとは没交渉。それ以来の再会です。

 でも先日、「お会いしたい」旨の電話を差し上げたときのお声は、昔とぜんぜん変わってなかった。相変わらずエネルギッシュなお話しぶりで、なつかしがってくださいました。
 半端なことしかやれていない、自称だけの「弟子」ですが、高校生の私にはわからなかった篠田さんのお人柄に、改めて触れることができる機会を楽しんでこようと思います。

 ちなみに父の法事は、十七回忌。『稲荷山』が新人賞をゲットした翌年の3月で、出版はその年の夏。
 出来上がった本を見てもらえなかったのが残念だった、65歳での病没でした。


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